最後の1人として候補に挙げられたのは、現在は関ジャニ∞のメンバーで

嵐の所属するジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川さん(87才)。日本一有名な芸能事務所の社長兼プロデューサーとして、その名前を知らない人はいない。だが、「裏方」として表舞台に立つことを好まないジャニーさんの素顔は、一般にはほとんど知られていない。

 デビューするグループの最終メンバーを決めるのは、いつもジャニーさんだった。嵐も例外ではない。嵐の結成前、Jr.メンバー時代の松本潤(35才)と二宮和也(36才)がリハーサルでNHKを訪れると、中学生の男子がバレーボールをやっていた。

「(その場にいた)ジャニーさんに“YOUたちもやんなよ”って言われて2人でラリーをやり続けていたら、“YOUたちすごい。めちゃめちゃうまいじゃん”“1999年にワールドカップバレーのイメージキャラクターをまたやるからYOUたちやればいいじゃん”って」

 嵐がW杯バレーのイメージキャラクターとして結成されたいきさつを、かつて松本はテレビでこう語った。

 松本と二宮に、櫻井翔(37才)と大野智(38才)が加わって4人になったメンバー。当初、最後の1人として候補に挙げられたのは、現在は関ジャニ∞のメンバーである村上信五(37才)だったという。
しかし、最後の最後にジャニーさんが選んだのは、相葉雅紀(36才)だった。

「デビュー直前にメンバーが振り付けしている現場にジャニーさんが来て、二宮くんに“YOU、相葉とずっと一緒にやっているのに、入れてあげなきゃかわいそうじゃん”と言ったんです。相葉くんの嵐入りが決定したのは、デビュー会見の3日前でした」(芸能関係者)

 一見、その場のひらめきによる発案のようだが、実はジャニーさんの人選は計算し尽くされたものだという。

「ジャニーさんは日頃からメンバーの個性をよく観察していて、顔や体形、性格や歌のうまさなどを考慮してバランスよく組み合わせます。似通ったイメージのメンバーを避けて、個性がぶつからないように注意しているんです」(前出・芸能関係者)

 グループ名を考案するのもジャニーさんの仕事だ。昨年末で芸能界を引退し、プロデュース業に専念する滝沢秀明(37才)は、過去にテレビでジャニーさんのネーミングセンスをこう語っている。

「ネーミングはさすがに、やっぱりジャニーさんにしかできない」

 1999年にデビューした嵐はなかなか安定した人気を獲得できず、後にデビューしたKAT-TUNやNEWSの方が、むしろ先に脚光を浴びた。落ちこむメンバーにジャニーさんは、「YOUたちには未来しかないんだよ」「過去は振り返るな」と声をかけ続けた。

 尊敬する社長からの励ましで地道な努力を続けた嵐はその後、大ブレークを果たす。

 ジャニーさんが手がけたアイドルは嵐だけでない。古くはフォーリーブスやたのきんトリオから、光GENJIやSMAP、TOKIOなど、ジャニーさんの「作品」は数知れない。今では、テレビでジャニーズのアイドルを見ない日はない。

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