リーダーの城島が社長、国分と松岡が副社長

「ジャニー(喜多川氏)が命名したTOKIOという看板は今後も背負った形で、グループと個人の仕事を今まで以上に自由度高く、新しい仕事に積極的に挑んでいきます」とした。長瀬については、「少年時代にジャニーから教えられた“人の個性を大切にする”という考え方のもと、長年にわたって培ってきた表現者としてのクリエイティビティーをいかし、裏方としてゼ…

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その大野が、考えを変えたのはなぜか

大野は他の4人の五輪にかける思いを感じ、それに加えてなかなかファンの前に立てないもどかしさもあり、“東京五輪期間限定”で復帰することを了承したというのだ。 今年一杯で活動を休止しても、来年の五輪期間の数週間だけでも5人が顔を揃えれば、世間に“嵐健在”のイメージを与え、ファンはいつの日か嵐が戻ってくるという希望を持ち続けることができ…

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