ジュリーは自らの力で観客を振り向かせていたのだ。

〈──今年でデビュー26年。あと26年やると70歳ですが、それまでジュリーをやり続けるんですか?

「そうね、体力が続く限りはやれると思うけどね。でも、相撲取りといっしょ(笑)。稽古する気力がなくなれば、おしまい。その時は、ジュリーを簡単に投げ出しちゃうかもしれない」〉(『VIEWS』1992年7月8日号)

 1991年5月14日の引退会見で生まれた、横綱・千代の富士の「体力の限界……気力もなくなり、引退を決意しました」というコメントを想起させるような例えを出し、1992年の沢田研二は70歳を迎える頃について語っていた。

 あれから26年半──。ジュリーは今も歌い続けている。


 1月21日、私は日本武道館に訪れ、8000円の当日券を買った。入場すると、1階席と2階席に縦に4ブロックずつ暗幕が掛けられていたが、それ以外はほぼ満員に。招待客の多さを伝える記事もあったが、ライブ中に会場を見渡すと、アリーナや1階はもちろん、2階席の6割から8割は拳を挙げるなどの曲中のフリを行なっていた。

 もちろん、招待券で初めて訪れた人でも周りを見ればすぐにできる動作であり、これを理由に関係者多数説を否定することはできない。

 だが、ライブが進むに連れて、曲中のフリをする人が増えていった。つまり、ジュリーは自らの力で観客を振り向かせていたのだ。

 ワイドショーは観客を足し算ではなく、収容人員における割合で不入りかどうかばかり気にするが、仮に〈関係者4割〉という記事が本当だとして、その分を差し引いても4800〜5400人は正規のチケットを購入している。

 近年メディア露出を控えているにもかかわらず、なぜ沢田研二は70歳にしてこれほどの観客を集められるのか。私はその点に興味を持っていた。

 この日も、日本レコード大賞を受賞し、NHK紅白歌合戦のトリを務めたこともある1970年代のヒット曲はほとんど歌わなかった。セットリストには、一般的には馴染みの薄い持ち歌ばかり組み込まれていた。

 それでも、7か月に及ぶ全国ツアーで68公演を行ない、会場によっては数千もの人が埋まるのだ。


 武道館を見渡すと、観客の9割は女性が占めていた。推定60代や70代が中心であり、何十年もジュリーに寄り添ってきた長年のファンだと予測できる。

 しかし、過去の思い出だけでは集客できない。今ツアーでは、ギターの柴山和彦と2人だけでステージに立っている。バンドを引き連れる公演よりも、自然とボーカルの声に焦点が当てられる。ボーカリストとして相当な力量と自信がなければ、決してできない芸当である。

 派手な演出があるわけでもない。オーロラビジョンに姿が映し出されるわけでもない。ボーカルの声とギターの音だけに観客の神経が集中する舞台で、約1時間50分にわたって、70歳の沢田研二は1人で18曲を歌い切った。

 1曲目はやや声が掠れ気味になる場面もあったが、歌うに連れて調子が上がっていく。最後に1970年代の大ヒット曲を披露した時、圧倒的な声量が響き渡り、武道館は9000人もの観客が集まっているとは思えないほどの静寂に包まれた。

 3日連続公演の最終日のラスト曲で、観客の心を鷲掴みにする。この抜きん出たボーカル力こそ、沢田研二人気の理由ではないか。

 普通の70歳であれば、カラオケで18曲連続歌えば喉がやられてしまうだろう。古稀にして、この声量を保つ秘訣は何か。

 コンサート終盤、ジュリーが着替えを終え、スコットランド衣装のようなスカートで登場した直後のMCで一端が垣間見えた。

 前日、観覧に訪れた知人に衣装を「可愛かったよ」と言われたと話した後、「可愛いはマズいよ。体型も体型だからな、いいジイさんという感じか。体型も可愛さのうちか」と自身の恰幅の良さについて語り始め、こう続けた。


「いろんな方から『痩せたんじゃない?』とか言われるんですけど、『痩せろ』ってことだろうなと」

 観客の爆笑を誘った後、意外な話が飛び出した。

「全然、痩せる気もないんですけどね。風邪引いて、3週間、3食少し食べて薬飲んで寝ていたら、5キロくらい痩せて。思いましたよ、ヘルスメーター乗った瞬間、『やばっ。いけねえ、声に響く』」

 近年のジュリーは、若い頃と比べて体型が変わったことを揶揄されるが、声量を維持するためには一定以上の体重が欠かせないようだ。

 もちろん、全てのボーカリストが何キロ以上でなければならないという基準はないし、細身で声量のある歌手も存在する。この発言を言い訳と捉える人もいるかもしれないし、元来の体質もあるだろう。

 しかし、ジュリーの体のことはジュリーにしかわからない。試行錯誤を重ねた結果、ジュリーは声量を維持するための適切な体重を見つけたのかもしれない。

 ポロッと出てしまった『声に響く』という話を打ち消すかのように、

「(デビュー)51年目になるわけですが、もちろん私も努力いたしましたが、そんなに、そんなに努力してない。特に、若い頃なんか努力なんか微塵もしたことなかった。持って生まれたものだけでやっていました」

 と笑わせた。私は、この言葉を照れ隠しのようにも感じた。努力をしないでトップに立てるはずがない。70歳の今、鍛錬なしに全盛期と変わらない声量を保てるわけがない。とっくに喉が衰えを見せても不思議ではない年齢なのだ。


 続けて、ジュリーはファンに感謝の意を表した。

「出来るだけ長く歌い続けたいと思う気持ち、今も変わりません。こういった幸せをかみしめながら、毎日歌うことが仕事であり、楽しみであり、皆さんと会えることが本当に幸せなことだなと思い続けたいと思います」

 幸せを感じられる自分でいるために、年齢に抗い続ける。そんな宣言だった。

 沢田研二にとって大切なのは、大枚を叩いて会場に足を運んでくれる観客である。初めて観に来る人や長年のファンを満足させるために何が必要か。体型を気にする人も存在するし、それを理由に離れたファンもいるだろう。

 だが、歌手・沢田研二の生命線はあくまで声である。かつて、ジュリーはこう語っていた。

〈“この人、自分で自分を諦めてないんだ”。そういうふうに思ってくれると、いいなと。僕は、人にどう思われようとちゃんとやってるよ〉(『winds』 2001年6月号)

 世間にいくらバッシングされようとも、気力を持ってあきらめずに戦い続け、全盛期の声量を失っていない。

 古稀にして、観客を魅了する稀代のボーカリスト。ギタリストと2人だけで3日連続、日本武道館公演を開催できるのは沢田研二しかいない。

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